【この切なさの置き場所を教えて】半端な海外経験が生み出す傲慢な人種


一度でも海外に出たことのある人間の中には「普通の日本人とは違う感」を出したい人種が一定数いる。ように思う。

それなりに海外で良いこと・悪いことを経験したからこそ、海外に出るそれまで、机上の空論だった“外国像”というものが可視化され、理想していたものが高ければ高いほど、その落差を経験するので「外国人とはいえ意外とああだ・こうだ」という自分なりの落とし所を見つけて日本へ帰国する。

それだけなら良いのだが、そういう人種はなぜか往往にして「やたらと日本に住む外国人に対して上から目線」になることもしばしばある。これは新たな差別を生む温床だと思う。

例えば、つい先日こんなことがあった。

夫と夫の友人(英国人)が、そのまた友人の日本人女性と居酒屋にいた時の話だ。

私は別で飲んでいたが、たまたま近くを通ったので一杯だけ飲むことにした。

私が彼らのいる居酒屋へ辿り着いた時、なにやら夫とその友人が隣の席の外国人男性と真剣な顔(というか今にも一触即発な雰囲気の中)で話し込んでいる。

「え? 何があった?」と思い、連れの日本人女性に話を聞いたところ、どうやら最初はこちらの席で普通に話していたところに、夫の友人が何か言葉を発した途端、隣の席からA国人の男性が喰ってかかってきたらしいのだ。

(※国籍を明らかにしていないのは国を特定させることが本意ではないからだ)

同席していた友人の日本人女性が言うには、その時、差別めいた話など一切しておらず、むしろ普通に「あれがうまい、これがうまい」的な、そういう普通の話をしていただけだったらしい。

それから夫の友人と、そのA国人の彼の攻防が始まってからすでに数十分が経っていた時に私が居合わせた、というわけだ。

夫はもはやお手上げの状態で、事の顛末を横目でチラチラ見守る他なかったらしい。

そのA国人の彼の、一体どこのスイッチを刺激してしまったのかは未だに不明だが、とにかく凄まじかった。夫の友人はもともと穏やかな人なので、それはもう頑張って「それは君の誤解だ」と諭し続けていた。

ちなみに、そのA国人男性には連れの日本人女性が2人いた。一人はそのA国人男性の国の言葉、“A語”を話す女性だった。チラッと聞こえた情報によると、彼女は1年間A国にいたらしい。まあ、わかりやすい期間である。

夫の友人とA国人男性との仲違い(というかほぼとばっちり笑)がだいぶ落ち着いたところで、もう関わらなければ良いのに、夫の友人は喧嘩相手のA国人男性、そしてその連れの日本人女性たちにも話しかけていた。

もうおよしなさいよ…別次元で生きてる人たちなのよ…

私がそう思ったのには理由がある。なぜなら、A国人男性が夫の友人に噛み付いてから事態が収束するまで、あちらサイドの女性たちは一切ノータッチでヒソヒソ話。我関せずという態度を貫いていたからだ。

個人的な感想をいうと、そういう状況で誰一人として仲裁に入らないような人間は、あまり信用できない。だから思ったのだ。「もう、およしなさいよ…」と。

案の定、というか、夫の友人が彼女に話しかけ(日本語・英語交えて)と、なぜかその彼女は頑なに“A語”でしか返答しないのだ。

なぜそこでA語…

という疑問は無粋なのだ。

なぜなら彼女は、そもそも英語よりもA語のほうが難しいし、何より、私は英語よりも難しい言語を話せる。英語が全てだと思うなよ。という、なんというか、勝手に臨戦態勢に入っているのだ。

彼女は己の中で勝手な語学カーストを作っているのだろう。

私や夫の友人の日本人女性が、ヘラヘラと英語を話している様がきっと滑稽に映っていただろうし、そもそも英語なんて大衆が話す言語ではなく、マイナーなA語が話せるのよ私。という、まあ早い話が、本人が意図していないマウンティングの乱れ打ちといった類のものだろうか。

夫の友人はお世辞にも日本語が堪能ではない。ところどころ英語で話しかけてしまう彼のことが気に食わなかったのかもしれない。

にしても、にしてもだ。ここは日本であり、彼の「日本語の理解力」と「A語の理解力」を天秤にかければ、明らかに前者に軍配があがるわけで。

そこを頑なにAの言語で堪能に話して見せるという行為は、もはやコミュニケーションでもなんでもない、ただの独りよがりで滑稽なマウンティングに他ならないのだ。

とにかく、A国に一年間住んでいた経験のある彼女の頭の中は、“常にA国でいっぱい”なのだそう。

他人の頭の中まで操作する気は一切ないが、そんな短期間の海外経験のみで、盲目的にひとつの国に「心酔」してしまうことへの危うさを感じるし、結果、彼女のように偏った考え方になってしまうことの残念さ。信用のおけなささ、エトセトラ。そう個人的に思ってしまったりもする。

 

まあ、そんなこんなで、夫の友人が、その彼女に「英語は話さないの?」的な軽い質問をした時に、「私、英語嫌いなんだよね」と一言、彼の目の前で吐き捨てた。

彼はなんとも言えない表情をして笑っていたけど、え、なんで今そんな乱暴なこと言うの?

というのが率直な感想だった。

あなたの英語嫌いと、夫の友人との間に、一体なんの因果があるというのだろうか

英語を母国語としている彼に対して「英語嫌いなんだよね」という言葉を吐き捨てる行為はあまりにも乱暴すぎる。始まりが最悪だった上に、彼女はこれ以上彼をどうしたいのか。彼女は何をしたいのか。正直「え、バカなの?」と思った。

そしてA国人男性とその彼女らがお会計を済ませる。その時、私は店を出ようとした彼女の手を引っ張り一言言った

「“英語が嫌いだ”なんてことを、彼に言う必要がありますか? そういう考えは新しい差別を生むだけですよ。ちなみに、私はA語は好きですよ。」と。

悲しいかな、人間とは予期しないことが起きると本能的に保身に回ってしまう部分がある。

「考えてみれば私も悪かったな」という風にはならず、なぜか意見を言うと途端に攻撃的になる人が多いような気がする。

「ああ、そうなの? ごめんなさいね、でも私英語が嫌いなのよね」。と彼女。

その時の彼女の表情といったら、漫画のようにわかり易く「人を見下した顔」をしていた。

いや、違う違う、そうじゃない(鈴木雅之が激しく脳内で再生される)

いや、そうじゃない。そんな顔してグローバルな発言をしていたあなたはクソミソほど滑稽じゃあないか。

まず私が彼女よりも「年下」というだけで、そもそも見下されている感じはあったが、私が「お姉さん。あなたが英語が嫌いなことについては個人の自由なのでどうでも良いですが、それを英国人である彼(夫の友人)に、あえて言う必要がありますか?」

まあ、その後は書いてもしょうがないので割愛するが、つまり「差別的だと誤解されたならごめんなさいね〜」と、おおよそ「ごめんなさい」とは思ってもいない、心から私を冷笑したような表情で去って行ったのだ。

なんかもう、切なくて泣いた。久しぶりにマジで泣いた

なんでそうなっちゃうの…。

欽ちゃん走りすらできないほど、私は悲しくなったのだ。

きっと満月のせいだったに違いない。そうに違いない。

 

私は差別的な発言うんぬんもそうだが、それよりもなによりも、物事の本質を知ろうともせず、理解しようともせず、上澄みだけをなぞり、あたかもそれが正当であるかのようにふるまう。そんな考えに至ってしまう人間に切なさを感じてしまったのだ。

“日本人”“外国人”、そんな話では無いのだ。

ただ、この件について相手ばかりを攻めるのも結局は新たな差別を産んでしまうし、バックグラウンドが違いすぎるため、そもそも「完璧な答え」なんてものは存在しえない。

噛み付いてきた件のA国人男性についても同じだ。

彼が喧嘩をふっかけてきた理由は未だに誰も知り得ないところだが、その“スイッチ”が、思いもよらないところにあったかもしれないし、それぞれ違うバックボーンの中で生きてきたからこそ、それなりの別ベクトルでの差別的経験をしてきたのかもしれない。

だから、私は今回のこの内容も、100%私が正しいとも思わないし、彼ら・彼女らが正しいとも思わない。ただ、答えはないが、ひとつだけ言えるのは「なぜそういった発言ができてしまうのか」という疑問に尽きるのだ。

私たちが唯一できること、それこそ、彼女が頑張ってひけらかしていた語学力やコミュニケーション力の出番であるはずなのに、ネガティブな方向でしか語学力を発揮できない。こんなに悲しいことってあるだろうか。

どんな言語を話していたっていいじゃないか。私たちが別言語を話すのは、違うアイディアやカルチャー、またはアイデンティティをその国の言語で知ることで、より己の見識が広がる。興味が広がる。意見を交換できる。もちろん喧嘩もできる。

関係も築けていない相手に対し「自分はこうだから」と、意見を交換する暇も与えないような手段を取るような人間には、やはり私は賛同できないのだ。あまりにも手前味噌で滑稽なやり方ではないだろうか。

今回の件は、反面教師である。

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