奥田民生 MTRY TOUR 2018 in 福岡ライブレポ(とは言い難いただの思い出話)


ああ、なんてことだ今にも膀胱が破裂する。小原礼さんが途中トイレ休憩に立った。その間に「ロボッチ」のセッションだと…?  ステージ中央に置かれたカウチに座った民生が「ロボッチ」を気だるそうに弾いている。ふざけるな、ありがとう!

がしかし、今にも破裂しそうな私の歓喜の雄叫び…の前に、私の膀胱が今にも破裂しそうなのである。礼さんのトイレ休憩に感化された私の膀胱が悲鳴をあげている。「マシマロは関係ない っ 本文と関係ないっ」脳内再生で己を落ち着かせようと試みるもダメだ。マシマロは一切関係ないが私の膀胱は大いに関係ある。

死ぬ。おしっこしたい。2階左席からかすかに見える民生を拝みつつ、私はおしっこを我慢する。一体どうすればいいのだ。

それでも私はロボッチを聴き続けるかorトイレに駆け込むかを問われれば無論、前者を選ぶのである。耐えろ、耐えるのだ私の膀胱よ。

さて、 去る4月28日(土)、福岡サンパレスで行われた『MTRY TOUR 2018』に参戦してきた。実に2年ぶりの単独ライブである。

「子宮が疼く」のは後にも先にも民生だけである

久しぶりの民生はちょっと痩せていた。髪の毛はチリってた。音は痺れた。一言で言うとサイコーだった。

ライブには友人と二人で参加した。この友人とは何度か一緒に民生のライブへ行っている。初めて一緒にライブへ行った時、その友人が帰り道「私さ、民生さんの音楽聴いてるとめちゃくちゃ子宮が疼くんだよね…」と言い放った。

なんて素晴らしく的確な表現なのだ! そう、そうなのよ! 民生さんの曲は子宮が疼くのよ! 音源を聴いている時から感じていた言語化しにくい感覚が、この「子宮が疼く」という表現に集約されている。今回のライブももちろん子宮が疼いた。疼きまくった。これは私なりの最上級の褒め言葉である。

民生との再会は突然に

遡ること2008年。大学を卒業した私は新社人となった。同じ色のスーツに身を包み、己をごまかした就活に気持ち悪さを感じていた私は、一社だけ受けた印刷会社に無事採用された。イラストで埋め尽くしたA3のエントリーシート1枚。こんなふざけたヤツを採用してくれた奇特な会社だった。ここで非礼を詫びたい。

ある日のことだ。業務中に有線から「大迷惑」が流れてきた。
大迷惑がリリースされたのは89年、私は4才。リアルタイムで聴いていた気がしていたがどうやらそうではなかったからしい。物心ついた時はすでにユニコーンは解散していた。

とにかく「大迷惑」が流れてきた時、懐かしさよりも「あ、また会いましたね…」という、柔らかな安堵感と興奮が芽生えたことを覚えている。

その日の業務が終わり、私はソッコーCD屋へ走った。ユニコーンのベストアルバムを買うためだ。そこからは早かった。割とすぐに民生のソロ曲も盲目的に聴くようになった。有名どころはもちろん知っていたが、聴けば聴くほど痺れる。

なんだコレ! 民生かっけええええ!

そこから私は、家にいる時は常にiPodとイヤホンで民生の曲を流し続けた。料理をしている時も、アイロンをかけている時も、車の中でも。

田舎の会社だった上に、積極的に友達づくりなどもしていなかったので平日はだいたい一人だった。一人で過ごす時間は好きだったし寂しさなどはなかったはずだが、今思い返せば寂しさを埋める一端を担っていたのは、おそらく民生だっただろう。

当時の私のルーティーンといえば、仕事から帰ってきてすぐメレンゲをたてながらユニコーンと民生を聴く。お菓子づくりが趣味だったので毎日何かしら作っていた。お菓子づくりや翌日の弁当づくりが落ち着くと、今度は大学時代に友人から譲ってもらった安物のエレキギターで民生の曲を練習するのだ。

初心者用のギターコードブックを購入し、なんとかコード弾きはできるようになった。指の短さのせいでFを押さえるのが大変だった。最初は3コードで弾ける『マシマロ』をマスターすることから始めた。だんだんノッてきたら歌いたくなる。しかし音の響きやすいアパート暮らしだったので、高ぶる感情を抑えながら小声で「雨降りでも気にしないっ (チャッチャチャチャ)遅れてても気にしないっ(チャッチャチャチャ)」と口ずさんだものだ。楽しい時間だった。

『CUSTOM』や『スタンダート』、『メリハリ鳥』とにかく練習しまくった。誰に見せるわけでもないのに。

ギターには全く詳しくない私だが、レスポールの音だけは今でも聴き分ける自信がある。

ユニコーン再結成

さて、私と民生を結びつけてくれたユニコーン。もちろんユニコーンのCDも全て購入し毎日のように聴いていた。「なんで解散しちゃったんだよ…」心の汗が流れる。時の流れは残酷だという思いに耽っていたまさにその頃、なんとユニコーン再結成のニュース。もうこれは運命だと思った。

運命といえば、私が初めて買った8cmのシングルCDはPUFFYの『MOTHER』だった。女って生き物は運命という言葉が好きである。民生の誕生日は1965年5月12日、私の誕生日は1985年6月12日。全く接点が無いと言えば無いだろうが、ちょうど20年、ちょうど1ヶ月後、となると無理やりにでも運命だと思いたくもなる。

何度でも言うが、女ってのは運命という言葉が大好物なのである。そんな私と同じ誕生日の有名人は、実際のところ「松井秀喜」「釈由美子」「アンネ・フランク」である。

…余談だった。さて、ユニコーン結成は86年、メジャーデビューは87年。私はまだ自我も芽生えていない年齢だ。

そんな中でのユニコーン再結成のニュース。再会すべくして再会したのだと信じてやまなかった。

もちろん再結成直後のコンサートにも一人で参戦した。一人でのコンサート参加はその時が初めてだったが、そんなことはどうでもよかった。

オープニング。幕が降りた瞬間に大歓声。私の隣の年上の女性2人組は泣いていた。それを見た私も「そうだよね、そうだよね!!」と涙ぐんだ。とても不思議な空間だった。

最前列だったなら迷わず飛びついただろう

ライブの話に戻る。私たちは2階席だった。ゆるいトークの後に、おおよそゆるくはないギターの音を民生が咽び鳴らすたびに、私たちは「最前列にいたならば! 最前列にい・た・な・ら・ば!!!」そんな嫉妬心が渦巻くのだった。

最前列にいた人! まじで羨ましいぞコノヤローーー!!

とにかく子宮の疼きが止まらない。止まらなかった。最高だったが故に、もっと前の方で観ることができていれば…

そんな最高と残尿感の間の中、二人ため息をつきながら帰路についた。興奮を抑えるために焼肉を食べに行った。幾分か、子宮の疼きはおさまったようだった。何言わすんやコラ。

さて、宴もたけなわだ。今回は少々「おしっこ」やら「尿意」やら「残尿感」やらを言いすぎた。

これ以上汚い言葉を羅列するのもアウトなので、最後に一言だけ言いってこの記事を〆ることとする。

おい、民生よ! ふざけるな! ありがとう! また次回!

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